小室哲哉さんとカンブリア宮殿のスペシャルゲスト秋元康さんの交友関係

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放送800回記念のスペシャルゲスト、秋元康の第2弾。激流の渦の中にある時代を、

秋元はどう攻略するのか?64歳になっても攻め続ける、秋元の新たな挑戦を追った。

もはや神!!挫折をバネにする人が多い秋元康さんの交友関係

小室哲哉さんと秋元康さんの交流

小室哲哉さんと秋元康さんは、やしきたかじんの「その時の空」で初の共作で楽曲を提供した。

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小室哲哉さんについて

小室 哲哉(こむろ てつや)1958年〈昭和33年〉11月27日生。日本のミュージシャン、
作曲家、音楽プロデューサー、キーボーディスト。東京都府中市出身。

学生時代は3歳から12歳まで東京芸術大学教授の下でヴァイオリンのクラシック音楽の練習曲ひたすら同じフレーズを弾くレッスンを始めて、音感の基礎を学ぶ。
小学生の頃からすでにクラシック音楽のインストゥルメンタルの楽曲を作っていた。

中学生の時にシンセサイザーを無性に買いたくなり、家にあったギター・ヴァイオリン・エレクトーンを家族に無断で売り、当時16万円以上したというシンセサイザー「ローランドSH1000」を購入した。家族からは叱られたものの、「当時のシンセサイザーはエレクトーンより音数も限られていて、機体も小さかった。だけど間違いなく自分が得意なものとプライドを持てる」と確信し、
それを切っ掛けに改めて練習を続けると共に、オリジナル楽曲の作曲を本格的に始める。

渡辺美里の「きみに会えて」「BELIEVE」「嵐ヶ丘」「I wish」・
TM NETWORKの「Here, There & Everywhere (冬の神話)」等後に提供する
楽曲の雛型約20曲をその頃に作曲したという。

早稲田大学社会科学部に進学し5年ほど在籍、在学中にプロ・ミュージシャンとしての活動を開始する。ミュージシャンとしての腕前は自他共に認める程の下手さだったが、
「シンセサイザーを使っている珍しいミュージシャン」という点で注目されて、
色々な所からスカウト・セッション・レコーディングへの参加の依頼につながった。

大学の講義にはほとんど出なかったが統計学だけは面白く感じ、統計学の講義にだけは必ず出席し
「どういう人達はどこに響くかを、リサーチ・計算して考える」ことにやりがいを覚えた。

その後も音楽活動に没頭し、授業料を楽器代に使い廻していたために単位が取れず、除籍となる。

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小室哲哉さんのブーム

1986年(昭和61年)に渡辺美里へ提供した「My Revolution」が、第28回日本レコード大賞金賞。

TM NETWORKは、1987年に発表した「Get Wild」で一躍人気バンドとなり、
1988年には第39回NHK紅白歌合戦に出場。

1994年のTMN終了前後から、観月ありさ、篠原涼子、trf、hitomi、内田有紀、H Jungle with t、dos、globe、華原朋美、安室奈美恵など、多数の作詞、作曲、編曲と音楽プロデュースを兼任して
行った。
1994年から1999年の間に数々のミリオンセラーやヒット曲を打ち立て、各メディアにおいて
「小室ファミリー」、「小室サウンド」、「小室系」といった名称でカテゴライズされる、
自身の少年時代からの夢だった小室ブームという社会現象を起こした。

小室哲哉さんブームの失速

1997年前半まではミリオンセラーを連発していたが、この頃から既存の小室ファミリー向け楽曲の曲調がポップテイストからエレクトロへ変化していった。
小室とエイベックスの関係性の急速に悪化によりglobeが一時活動停滞したことや翌年1998年にはTRF・hitomiらのプロデュースが無くなり、小室ブーム全盛期の中心にいた安室奈美恵は出産のため
休業し、ミリオンセラーを叩き出した華原朋美も恋愛関係の清算による離脱等の複合的要因で
小室ファミリーの規模が縮小。

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小室哲哉さん5億円詐欺事件

2006年8月、小室は日本音楽著作権協会に自分名義で登録している全楽曲806曲の著作権を10億円で譲渡する仮契約を関西地方在住の個人投資家男性と締結。前妻のASAMIが著作権使用料を差押さえているとして、その解除費用として5億円の先払いを要求し、5億円を受け取った。

2009年5月、大阪地方裁判所より懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が言い渡され、弁護側・検察側共に控訴はせずに、同年5月25日午前0時をもって刑が確定した。

小室哲哉さん再出発

2010年5月に復帰第一作としてAAAの楽曲「逢いたい理由/Dream After Dream 〜夢から醒めた夢〜」をプロデュース。
2012年3月20日、幕張メッセで行われた東日本大震災復興支援チャリティコンサート
『ALL THAT LOVE-give&give-』に、TM NETWORKとして参加した。

約4年ぶりにTM NETWORKの活動を再開、日本武道館コンサート、新曲「I am」リリース、2013年にはさいたまスーパーアリーナ公演を開催。

TM NETWORKがデビュー30周年を迎える年である2014年にはツアーやリリース、
テレビ出演など活動を活発化させた。

2012年から続いたTM NETWORKとしての活動も充電期間に入ることが発表された。

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小室哲哉さん突然の引退表明と活動再開

小室は会見で女性との不倫関係を否定し、妻の介護をする中での自身の精神の疲労を述べ、
C型肝炎や左耳の突発性難聴といった病を患って左耳がほとんど聞こえなくなり身体的な能力が
低下したことで、自身の創作能力の限界を感じていたことを明かした。
後に離婚調停に入っていることが報じられた。

2019年より、ピアノ・シンセサイザーを駆使して制作した空間音楽を建築・芸術関係の企業に向けて提供する仕事を、自身の名前を出さずに始めることでミュージシャンとしての制作活動を再開する。

2022年3月1日付で国立研究開発法人「理化学研究所」の客員主管研究員に就任した。
任期は2025年度まで。理化学研究所所属の研究者と共に「人工知能を使った作曲支援システム」
「『小室哲哉を分析した人工知能』と『小室哲哉自身』による共作」について研究する。

通常は博士号の取得者が対象だが、プロの音楽家が客員主管研究員に就任するのは初めての
ケースであり、小室がこれまでにシンセサイザーの開発や音楽配信にいち早く関わる等、
革新的な音楽制作を先駆的に実現してきたことが評価され、就任に至った。

経歴だけ見てもかなりのジェットコースター人生です。
好きな事を追求していく探求心とエネルギーは相当なものかと思います。

人生の波によって周りの人に恵まれたり、騙されたりしていたようですが、
これからの人生は良い人たちに恵まれると良いですね。

幼少期から好きな事を追求していく姿勢が変わらないところを見習いたいです。